優秀な人々に囲まれてしまったら

私は大学〜大学院時代にかけて、周りの人たちがとにかく優秀という環境に身を置いていて、 自分の能力のなさに日々劣等感を覚える日々でした。 そんな自分が当時どのように(特に研究の)モチベーションを維持していたかについて、 誰かの役に立つかもしれないので書いておきます。 自分の一番得意な分野があるとしても、 その分野で自分より高い能力を持っている人というのは、ほとんどの場合どこかにいると思います。 場合によっては知り合いや友人ということもあると思います。 例えば自分はプログラミング能力に自信があると仮定して、 自分よりも数十倍高速にプログラミングできる人がすぐ近くに現れたとしたら、 普通なら打ちのめされると思います。 そんな厳しい局面であっても、めげずに同じことに取り組み続けて、 地道に成果を上げるためにどのような心持ちでいればいいでしょうか? 私が当時考えるようになったのは、唐突に聞こえるかもしれませんが、人間の寿命についてです。 どんなに優れた人物であっても死を免れることはできません。 例え、自分より数十倍高速にアウトプットできる人がいたとしても、 与えられた有限の時間と有限の処理速度故に、この世界に膨大に存在する問題のごく一部を解決できるに過ぎません。 その人と全く同じ問題だけを解いているのであれば、 当然ながら自分の方が遅いのでただの下位互換になってしまいますが、 普通は解きたい問題が完全に一致することはなくて、どこかで独自性が出てくるものです。 一つの問題に取り組んだ時間が長ければ長いほど、 自分が少しずつでも蓄積した実績の方が有利になっていって、 同じ問題を手早く片付けられてしまう確率は下がっていくと予想することができます。 あるいは、競争相手も人間なので、興味が別の分野に外れていくこともあるでしょう。 こう考えれば、例え自分が能力不足だと感じていたとしても、 継続して取り組むことに意義を見出せるのではないか、というわけです。 同じような話を大学院時代にとある先輩にしたら、 「それはいい考え方だね」と言ってもらったことがあります。 それ以来他の人に話す機会はなかったのですが、ここでようやく書き下すことができました。 単に継続が大事というだけではなくて、競合相手の残り時間を意識するということがポイントです。 過去の哲学者か誰か有名な人が同じことを考えてそうですが、 ピタリとくるものが思い当たらなかったので、誰か見つけたら教えていただけると幸いです。 最後に、もちろん自分の時間も有限なので、 自分が本当に有意義だと思う分野に時間を投資することも大事だと思います。

2025-03-20

GDeflateについて

ブログを書くことにしたものの、あまりにも日常の話しかないので、たまに技術的なことも書こうと思います。 なかなか仕事終わりには時間が取れないので、そこまで深い話は書けない前提ではあります。 ほとんど自分用のメモ書きです。 最近個人的な興味で圧縮アルゴリズムを多少勉強していて、その中で GDeflate というアルゴリズム & 圧縮形式について知りました。 GDeflateのベースとしてはDeflateというアルゴリズムが前提知識になっていて、これはLZ77(正確にはLZSS)というランレングスの強化版のようなアルゴリズムで 繰り返し部分を圧縮した後、ハフマン符号による符号化を行ってビット列に変換して圧縮します。 Deflateは数十年前から広く使われている圧縮アルゴリズムで、libdeflate といったガチガチにチューニングされた実装もあります。 Deflateのような圧縮アルゴリズムの難点として、伸長(デコード)の並列化が難しいという点があります。 そこでビット列(ビットストリーム)をサブストリームに分割して並び替える (swizzle) ことで、 サブストリームごとにデコードできるようにするのが特徴です。 そこで例として図が出てくるのですが、これを見ても当初は全然意味が分かりませんでした。 (引用元: https://docs.nvidia.com/cuda/nvcomp/gdeflate.html) この例では圧縮されたビット列 (swizzled gdeflate block) からどのようにデコード結果 (output stream) が出力されるかを示しています。 ここで書いてあるT0, T1, …というのがスレッドを意味していて、同じスレッドが書いてあるところが逐次に処理されていくイメージです。 この例だとスレッドは4つあって、まずそれぞれがswizzled gdeflate blockの最初の左4つの要素を読んで、自分の状態とします。 この図だと最初が 1101011 となってますが、図に書かれていないだけで 4 B (byte) = 32 bits ある前提です。 つまり、各スレッドは最初に 32 bit ずつ読み込みます。 ここからがポイントで、各スレッドが下位ビット側の可変長符号を一つデコードして、デコード結果をスレッド番号順に最終的な出力列に並べていきます。 これで 1 ターン目、図中だと output stream の group 1 のデコードされた列ができあがります。 各スレッドは 32 bit の値から一部を符号として消費するので、右シフトして次の符号を処理できるようにします。 ここで、各スレッドは 32 bit 未満しかビット列が残っていない時、次の 32 bit を自分の状態(上位ビット)に付け加えます。 そして次の group 2 を処理して、と繰り返す形です。 可変長ビット列なので自分の状態に 32 bit 以上残っていることもありえて、その際は例えば3回目(黄色)の時のT0, T1, T3のように読み出さないこともあります。 次の 32 bit を読み出すかを決めるのはその時の各スレッドの状態にある残りのビット数なので、これは一意に決まるという仕組みです。 ...

2025-03-17

東日本大震災の記憶

東日本大震災から14年ということで、震災当時の記憶を簡単に書き起こしておこうと思います。 2011年当時はまだ実家にいて、ちょうど大学編入試験がある高専5年に上がる前の春休みでした。 震災当日も自室で黙々と編入試験の勉強をしていたところ、大きく揺れ始めて、これは只事ではないとすぐに気付きました。 そして、この揺れだと家ごと潰れてもおかしくないと覚悟しました。 実家は昭和30年代築の古い木造で、耐震基準という概念がない時代の建物です。 実家の自室は2階にあって、外に逃げるとしたら1階に降りなければならず、 潰れるとしたら1階が潰れるだろうと考えて、咄嗟の判断で2階に一旦とどまることにしました。 マグニチュードが大きい地震なだけあって、なかなか揺れが収まらず、 そうこうしているうちに母親が「早く降りてこい!」と叫んでいるのが聞こえました。 やむなく揺れる中で階段を降りて、急いで外に逃げました。 実家周辺は震度4でしたし、結果的に特に被害はなかったのですが、 あのとき1階に降りる判断をしたのは失敗だったのではないかと思っています。 今更ながら調べると、やはり木造の1階は危険なので、2階にいる時は無闇に降りない方がいいそうです。 Q④、地震のとき、古い木造家屋の2階にいたら? A④、慌てて1階に降りない方が安全と思われます https://www.bo-sai.co.jp/jisinkokoroe.html その後は大体他の方々と同じように、テレビ等で情報収集しながら被害の大きさに驚く日々でした。 実家周辺は計画停電などはなく、インフラ面はさほど問題なかったのですが、 1ヶ月後に起きた余震の時だけ停電が起きた記憶があります。 どちらかといえば寒い時期だったのでガソリンや灯油の不足が深刻で、 ガソリンスタンドに車が列を作っているのをよく見かけました。 太平洋側の輸送ルートが途絶えたことの教訓から、日沿道の計画が早まるきっかけになったと記憶しています。

2025-03-11

12年ぶりぐらいの富士そば

目黒に最近富士そばが新しくオープンしました。 職場から歩いてすぐの好立地です。 同僚が安くて良いと言っていたので、久しぶりにこの機会に行くことにしてみました。 実は個人的に富士そばには良い思い出がありませんでした。 人生で初めて富士そばに行ったのが12年前ぐらいで、 当時は学部時代でアルバイト先に行ったついでに試しに入ってみたのですが、 出てきたそばが確かブヨブヨで全然美味しくなくて、 もう二度と行かないと決めてしまったのでした。 チェーン店にもよく行くタイプの人間なのですが、それ以来富士そばだけは頑なに避けて生きてきました。 そんなわけで富士そばに行くのはハードルが高かったのですが、 もしかしたら美味しいのかもしれないと思ってもう一度行ってみることにしました。 初めて行く店では基本的に推してそうなメニューを選ぶことにしているので、今回は「特撰富士そば」をチョイスしました。 感想としては普通に美味しかったです。 そばはよくある細麺でしたが、少なくとも二度と行かないと心に決めるほどではなかったかなと思います。 こうなると、正直なところ12年前の富士そばに何が起きたのか、今では自分でもよく分かりません。 やはり干支が一周するぐらいの時間が経つと、色々価値観も変わってくるものなのかもしれないと思いました。 もう二度と会いたくないと思ったような人でも、全然別人のようになっているかもしれませんし、 定期的に自分の感覚を見直していかないといけないのかもしれません。 富士そばに行ってなぜか感慨深くなった一日でした。

2025-03-06

東京に上京した頃のこと (2)

前回の続きです。 冷蔵庫は親類から譲ってもらったものを送り届けてもらって使いました。 ハイアールの小さい冷蔵庫で、一人暮らしには十分だったのですが、 冷凍庫の霜取りが大変だったのを覚えています。 気づいたら冷凍庫が霜だらけになって、食品を保存しているつもりが ただの氷の塊を冷やしているみたいなことになっていました。 最近の冷凍庫には霜取り機能がついていて当たり前なので、霜取りが大変で困ると言う話を 大学の友人に話したら全然通じなくて驚いたこともあります。 一人暮らしを始めて5年ぐらい経ってから、帰宅すると冷蔵庫が全然冷えてなくて、 よく見ると床が茶色い水でビチャビチャになっていた、という事件がありました。 要するについに冷蔵庫が寿命で壊れました。 ギリギリ持ち上げられるサイズだったので何とか一人で持ち上げて粗大ゴミ置き場に移動していたら、 その様子を近所のおじさんに不審がられた記憶があります。 そして、ちょうどもう少しで引っ越そうかと考えていた頃だったので、 新しい冷蔵庫を買わずに冷蔵庫なしで過ごすことにしました。 当時はといえば家と大学を毎日往復する生活で、 特に料理をするわけでもないので食事は外食するかレトルトでも温めるかすれば十分で、 都内なのでコンビニもありますし、暑かったら水道をひねれば水が飲めますし、 冷蔵庫がなくても余裕で生きていけることを確認できました。 この話をするとよく信じられないと言われますが、自炊をしない人なら普通にできることだと思っています。 もちろん田舎でお店が遠いといった事情があれば話は別です。 他にも、一人暮らしを始めたときに母親に羽毛布団セットを買ってもらいました。 この布団セットは8年ぐらい活躍しましたがもう引退していて、でも捨てられずにまだ残っています。 最初はフローリングにそのまま布団を敷いていて、綺麗好きでもないので万年床でそのまま放置していました。 万年床でありがちな床がかびるといった問題は起きなかったのですが、 大学に通うようになってどうも咳をするようになって、 授業中によくゲホゲホ咳き込んでいると周囲の人に言われることがありました。 ちょうどその頃「床で寝ると埃を吸い込んで健康に悪い」という話を耳にして、 そういえば実家ではベッドで過ごしてたけどもしや、 と思って折り畳みベッドを購入してその上で寝始めたところ、咳がぴたりと治りました。 ということで、一人暮らしを始める方は床で寝ずに、まずベッドを買った方がいいです。 ただでさえ狭いワンルームを寝るだけの空間で埋めるのは個人的に避けたかったのですが、 埃が舞いやすいフローリングに布団を敷くのは本当にやめた方がいいです。 冷蔵庫よりもベッドとデスクが優先です。

2025-03-05

東京に上京した頃のこと (1)

3月ということで新生活を始める方も多い季節なので、 自分が新生活を始めた頃の記録を思い出しながら書いておこうと思います。 今日全部書ききれなそうなので、思い出したらまた書きます。 僕が東京に上京した日付ははっきり覚えていて、2012年3月20日です。早いもので大体13年前ぐらいですね。 上りの特急いなほに乗りながら、これから一人で生きていくのかと流石に不安になったことは覚えています。 何もないアパートに着いて、料理もほとんどしたことがなかったので、何を食べていけばいいか困りました。 そこから新生活のために少しずつ家具を揃えました。 洗濯機と電子レンジと炊飯器は事前に地元のケーズデンキで買っておいて、アパートに配送してもらいました。 洗濯機は東芝の縦型洗濯機で、就職した年にドラム式洗濯機を導入したときに処分しました。 電子レンジについては店員さんに「温めだけあれば十分でしょ〜」と言われたのですが、無視してオーブンレンジにしました。 20代の頃はよくコンビニで食パンを買ってはちみつを塗って食べていたのですが、 あそこでただの電子レンジにしていたらレンジで食パンを焼けなかったので、一応いい選択だったとは思います。 トースターを買えばいいんですけど、ワンルームだと置く場所がないので…。 炊飯器については事前にIH式の方がいいらしいと調べておいたので、安くてもIH式の5合炊きにしました。 この炊飯器はいまだにうちで現役で、かなり長寿な家電です。 金のない大学院時代はガスコンロのない家に住んでいて、IHクッキングヒーターも持っておらず、 仕方ないのでこの炊飯器で袋ラーメンやうどんを作る暴挙に出たこともありましたが、それでもまだ現役です。 当時は王子と駒込の間にある西ヶ原という地区に住んでいたので、 まずは家具を揃えるために赤羽のニトリまで出かけていました。 ちなみに赤羽のニトリは本社がある建物なので全国でも特殊な位置付けらしいです。 当時ニトリで何を揃えたのかあまり正確には覚えていないのですが、 確かカラーボックスや電子レンジ台を買って家に送り届けたような記憶があります。 実家の机が全部ローテーブルだったので、普通のデスクで勉強をするという感覚がなく、 冬に便利だろうと思ってテーブルを兼ねたこたつを購入しました。 確かAmazonで買ったはず、と思って調べたら確かに4月2日に買っていました。 その後ちょっと経ってからちゃんとしたデスクを買って、今でもそのデスクは現役です。 東京の冬はそこまで寒くないですし、個人的にこたつは必要ないと思っています。 ローテーブルだと姿勢もいびつになって、自宅で長時間作業するのが難しい、と気づいたのは 確か1年ぐらい経ってからだったような気がします。 それ以来こたつはほぼ物置になってしまって、結局処分してしまいました。

2025-03-03

ここでブログを始めてみます

春の訪れも感じる今日この頃、新しいことを始めてみようと思い立ちました。 これまでの人生で何度かブログを作ったことはあるのですが、本名で始めるのはこれが初めてです。 日頃からまとまった文章を書く機会を作りたいとよく思っているのですが、なかなか実現してきませんでした。 特に博士課程を修了してからは論文を書く機会もなく、作るものは会社の資料ばかりで、 アウトプットの機会は自分から作らないとないものだと痛感しています。 とにかく三日坊主な性格なので、あまりハードルを上げずにやる気になったら稀にちょっと書くぐらいの目標で始めようと思います。 この個人サイトはこれまでJekyllというツールを使って構築していたのですが、今回Hugoに置き換えてみることにしました。 Hugoのテンプレート選びには半日悩みましたが、一旦このPaperModにしてみようと思います。

2025-03-02