優秀な人々に囲まれてしまったら
私は大学〜大学院時代にかけて、周りの人たちがとにかく優秀という環境に身を置いていて、 自分の能力のなさに日々劣等感を覚える日々でした。 そんな自分が当時どのように(特に研究の)モチベーションを維持していたかについて、 誰かの役に立つかもしれないので書いておきます。 自分の一番得意な分野があるとしても、 その分野で自分より高い能力を持っている人というのは、ほとんどの場合どこかにいると思います。 場合によっては知り合いや友人ということもあると思います。 例えば自分はプログラミング能力に自信があると仮定して、 自分よりも数十倍高速にプログラミングできる人がすぐ近くに現れたとしたら、 普通なら打ちのめされると思います。 そんな厳しい局面であっても、めげずに同じことに取り組み続けて、 地道に成果を上げるためにどのような心持ちでいればいいでしょうか? 私が当時考えるようになったのは、唐突に聞こえるかもしれませんが、人間の寿命についてです。 どんなに優れた人物であっても死を免れることはできません。 例え、自分より数十倍高速にアウトプットできる人がいたとしても、 与えられた有限の時間と有限の処理速度故に、この世界に膨大に存在する問題のごく一部を解決できるに過ぎません。 その人と全く同じ問題だけを解いているのであれば、 当然ながら自分の方が遅いのでただの下位互換になってしまいますが、 普通は解きたい問題が完全に一致することはなくて、どこかで独自性が出てくるものです。 一つの問題に取り組んだ時間が長ければ長いほど、 自分が少しずつでも蓄積した実績の方が有利になっていって、 同じ問題を手早く片付けられてしまう確率は下がっていくと予想することができます。 あるいは、競争相手も人間なので、興味が別の分野に外れていくこともあるでしょう。 こう考えれば、例え自分が能力不足だと感じていたとしても、 継続して取り組むことに意義を見出せるのではないか、というわけです。 同じような話を大学院時代にとある先輩にしたら、 「それはいい考え方だね」と言ってもらったことがあります。 それ以来他の人に話す機会はなかったのですが、ここでようやく書き下すことができました。 単に継続が大事というだけではなくて、競合相手の残り時間を意識するということがポイントです。 過去の哲学者か誰か有名な人が同じことを考えてそうですが、 ピタリとくるものが思い当たらなかったので、誰か見つけたら教えていただけると幸いです。 最後に、もちろん自分の時間も有限なので、 自分が本当に有意義だと思う分野に時間を投資することも大事だと思います。