東日本大震災から14年ということで、震災当時の記憶を簡単に書き起こしておこうと思います。
2011年当時はまだ実家にいて、ちょうど大学編入試験がある高専5年に上がる前の春休みでした。 震災当日も自室で黙々と編入試験の勉強をしていたところ、大きく揺れ始めて、これは只事ではないとすぐに気付きました。 そして、この揺れだと家ごと潰れてもおかしくないと覚悟しました。 実家は昭和30年代築の古い木造で、耐震基準という概念がない時代の建物です。 実家の自室は2階にあって、外に逃げるとしたら1階に降りなければならず、 潰れるとしたら1階が潰れるだろうと考えて、咄嗟の判断で2階に一旦とどまることにしました。 マグニチュードが大きい地震なだけあって、なかなか揺れが収まらず、 そうこうしているうちに母親が「早く降りてこい!」と叫んでいるのが聞こえました。 やむなく揺れる中で階段を降りて、急いで外に逃げました。
実家周辺は震度4でしたし、結果的に特に被害はなかったのですが、 あのとき1階に降りる判断をしたのは失敗だったのではないかと思っています。 今更ながら調べると、やはり木造の1階は危険なので、2階にいる時は無闇に降りない方がいいそうです。
Q④、地震のとき、古い木造家屋の2階にいたら?
A④、慌てて1階に降りない方が安全と思われます
https://www.bo-sai.co.jp/jisinkokoroe.html
その後は大体他の方々と同じように、テレビ等で情報収集しながら被害の大きさに驚く日々でした。 実家周辺は計画停電などはなく、インフラ面はさほど問題なかったのですが、 1ヶ月後に起きた余震の時だけ停電が起きた記憶があります。 どちらかといえば寒い時期だったのでガソリンや灯油の不足が深刻で、 ガソリンスタンドに車が列を作っているのをよく見かけました。 太平洋側の輸送ルートが途絶えたことの教訓から、日沿道の計画が早まるきっかけになったと記憶しています。